◆ 作品ノート (初演時または再演時のメッセージ)
『魂の遺伝子』~ヴァイオリンとピアノのための
Gene of the soul for Violin and Piano
【作品について】
人間は世代交代が遅く、生物としての遺伝子の進化はゆっくりですが、自分の人生を経て蓄積した記憶を、言葉、楽譜、音、画像などを通して、次の世代の人々に伝えることが出来ます。それは、謂わば魂の遺伝子のようなものです。この作品は、自分の魂に刻まれた命への慈しみを、音を通して若い人達に伝えたいと願い作曲しました。この作品を、初演者の長尾春花さんに捧げます。
ミステリーゾーン” ~舞踊と電子音響のための~
“Mystery Zone” for Dance and Electronic sound
【作品について】
この作品の原曲は、2002年にエレクトーンとコンピュータサウンドのために作曲したもので、原曲の初演時は綿島由紀さんが、エレクトーンを担当しました。作品には以下のような隠されたストーリーがあります。清らかな少女(巫女)が、魔界からの使者に誘導され、魔界のドアを開けてしまい、そこに棲む魑魅魍魎(ちみもうりょう)達と、激しいバトルを繰り広げます。しかし、少女の命がけの一撃で、魑魅魍魎達は呻き声を上げて退散し、世界は浄化されます。原曲の初演時はエレクトーン奏者にも少し演技させましたが、今回はそのストーリーの世界を群舞で表現します。魑魅魍魎が住む世界とは、人間の心に内在する闇の世界でもあります。ダンサーたちが、優れた技術と表現力によって、ストーリーを表面的になぞるだけにとどまらず、人の心の中にある光と闇のせめぎ合いを表情豊かに描き出してくれることを期待します。(中島) 2013年2月
『心の森』~ピアノソロのための
Woods of the heart for Piano solo
【作品について】
この作品は、昨年ヴァイオリンとピアノのために作曲した『魂の遺伝子』に続く、音楽による遺書シリーズの第2作目として作曲しました。私自身は、ピアノという楽器を通して自身の内的心象風景を音で表現することを試みたつもりですが、聴く人はそのような予備知識に囚われず、一つの純音楽作品として自由に聴いていただいてよろしいのではないかと考えます。
曲は闘いと怒りを表現した跳躍音程を伴う激しい打鍵による主題と、ゆったりした3拍子を背景に魂の安らぎを求めるような2つ目の主題が交互に出現し、やがてその2つの主題が、あたかも心の葛藤を表すかのように絡み合い、クライマックスを迎えます。
前作と同様、今作の初演者についても、私より半世紀近く後に生まれた、若ピアニストに作品の表現を託すことにいたしました。
この作品を単調にならず、表出力豊かな演奏を行うには、二つの主題のリズムと響きの対比、繊細な音色感、自在で柔軟なテンポ感などが要求されます。若い演奏家にとって、決してハードルは低くはありませんが、山本有紗さんが、優れたテクニックと若々しい鋭敏な感性をもって大胆に作品に挑み、作説得力のある演奏をされることを大いに期待しております。(中島洋一) 2016年10月
オンド・マルトノとピアノのための “青い詩”
"Blue Poem" ~for Ondes Martenot and Piano
【作品について】
青色は私が最も好きな色ですが、どちらかというと、明るい昼の青空の青より、夜の青の方が好きです。夜の青は、私を内面の世界、幻想の世界に導いてくれます。
“オンド・マルトノとピアノのための“青い詩”は、このフランス生まれの電子楽器に、日本人としての私の感性の記憶を紡ぎ出す役割を演じてもらいたいとい想いで作曲しました。青い薄闇の中で、どこからか聴こえる不思議な笛のような音。それが、私が抱いたイメージです。お客様に、西洋の楽器と日本人としての私の感性が融合した世界を、感じていただければ幸いに存じます。
なお、当初は大幅改定を目指しておりましたが、結果的には原作を僅かに改定したに止めました。オンド・マルトノの演奏は前回に引き続き久保智美さんが担当しますが、ピアノは、私の歌曲作品などの伴奏を通して信頼している神田麻衣さんが、担当します。ともに瑞々しい感性をお持ちの演奏家ですから、新しいコンビでの、どのような音楽を紡ぎ出してくれるか、楽しみにしております。 2017年10月
春風の瞑想”~フルートとピアノのための (2018)
“Meditation of a spring wind” for Flute and Piano
【作品について】
春風は、温かいそよ風となって野に遊ぶ人の肌をやさしく愛撫してくれますが、時には突風となって芽生えたばかりの樹々を激しく揺らします。春風は感じやすい乙女心ように気まぐれです。春風にうたれながら野に佇み、目を瞑り、耳を澄ませていると、風の呟き、葉擦れする梢のささやき、小鳥たちの歌声など、普段はあまり聴こえてこない様々な音が聴こえて来ます。さらに、そのまま目を瞑ったままでいると、昔のこと、最近のことなど人生で遭遇した様々なことが想い出されます。
この作品は、そのような心象風景をイメージして作曲しました。楽想は春風のように気まぐれに表情を変えて行きます。この作品の演奏には、高度の演奏技術と繊細な感性の両方が要求されますが、優れた音楽性を有する、フルートの原田佳菜子さん、ピアノの神田麻衣さんという二人の若い演奏者がこの作品に込められた想いをどのように再現してくれるか、楽しみにしております。
2018年10月
ユキの子守歌 & 歌曲集『7つのわらべうた』 (1977~2019)
【作品について】
オペラ《蝶の塔》より 『子守歌』 詩 中島 洋一
『蝶の塔』は1977年に初演された作曲者自身の台本によるメルヘンオペラです。『子守歌』は第一幕の幕が開いた直後に歌われるペシミスチックな歌で、主人公の少女の心の奥に潜む死への憧景を暗示しています。今回はピアノ伴奏で演奏しますが、原曲はオーケストラ伴奏です。
歌曲集『7つのわらべうた』 詩 谷川俊太郎
谷川俊太郎の詩集『わらべうた』は、伝統的な七五調のリズムを持つ詩で構成されており、つい声を出して読みたくなる詩集です。しかし、現代っ子の鋭い観察力、残酷さがその快適なリズム感の背後にあり、スパイスを十分効かせた仕上がりになっております。過去にこの歌曲集は、未完の状態で異なった演奏者により数回演奏されておりますが、今回「そっとうた」を加え、ようやく歌曲集を完成させました。完成した歌曲集を、赤堀唯さん、森田真帆さんという若いお二人が、それぞれの感性でどのように受け止め演奏してくれるか、楽しみにしています。
ユキの子守歌 詩 中島洋一
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谷川俊太郎『わらべうた』より
とおせんぼ とおせんぼ とおせんぼ なまえのないもの とおせない なまえはなんだ (しんいちだ) なまえがあっても とおせない かいしゃはどこだ (まつしただ) かいしゃがあっても とおせない ひだりへおれて よつかどの ぽすとにきけよ まわりみち とおせんぼ とおせんぽ えらくないやつ とおせない おまえはなんだ (だいじんだ) だいじんだって とおせない いくらだす (三まんえん) 三まんえんじゃ とおせない ぅちへかえって とうちゃんの さいふにきけよ まわりみち とおせんぼ とおせんぼ ようのないもの とおせない ようはなんだ (かいものだ) ようがあっても とおせない かいものなんだ (まんがだ) まんがかすなら おとおしします いきはよいよい かえりはこわい てんからおおきな めがのぞく |
どこへいく おじさんおじさん どこへいく かんかんでりに かささして うられたけんかを かいにいく みぎにまがって ひだりにまがって まいごになっても しらないぞ おばさんおばさん どこへいく かつらかぶって まゆひいて ひろったこねこを すてにいく みぎにまがって ひだりにまがって くるりとまわって あともどり |
ねこ こつちの こたつは あったかい あっちの こたつは ていでんだ こい こい こねこ こい こないと じゃっくが なきだすぞ こつちの こどもは うれっこで あっちの こどもは ちゃらっぽこ こい こい こねこ こい こないと はいしゃに つれてゆく こつちの めいろは でられるが あっちの めいろは でられない こい こい こねこ こい こないと すうぷが さめちまう |
そっとうた そうっと そっと うさぎの せなかに ゆきふるように そうっと そっと たんぽぽ わたげが そらとぶように そうっと そっと こだまが たにまに きえさるように そうっと そっと ひみつを みみに ささやくように |
うそつき うそつき きつねつき やねにのぽって さかなつく ついてもついても つききれぬ そらにさかなが いるものか うそつき けらつつき いけにはいって てまりつく ついてもついても つききれぬ どじょつこふなっこ おおわらい うそつき うまれつき つきのさばくで かねをつく ついてもついても つききれぬ だれもきかない なんまいだ |
ひもむすびうた ふゆへびが あなはいる はるへびが あなからのぞく はい ひとむすび ひとつわっかは くびつりなわよ ふたつわっかは ちょうのはね はい ふたむすび からんだつるくさ もつれてこころ ひけばひくほど きつくなる はい みつむすび きりなしうた |
きりなしうた しゅくだいはやくやりなさい おなかがすいてできないよ ほっとけーきをやけばいい こながないからやけません こなはこなやでうってます こなやはぐうぐうひるねだよ みずぶっかけておこしたら ぱけつにあながあいている ふうせんがむでふさぐのよ むしばがあるからかめません はやくはいしゃにいきなさい はいしゃははわいへいってます でんぽううってよびもどせ おかねがないからうてないよ ぎんこうへいってかりといで はんこがないからかりられぬ じぶんでほつてつくったら まだしゅくだいがすんでない |
谷川俊太郎詩集『どきん』より
① みち 4 /② 海の駅 / ③ おかあさん/ ④ あいうえおうた
作品について
私が谷川俊太郎の詩に作曲した歌曲としては、詩集『わらべうた』から、7つの詩を選んで作
曲した『7つのわらべうた』があり、日本音楽舞踊会議のコンサートでも何度か演奏されておりますが、今回は、1983年に発表された詩集『どきん』から、4つの詩を選んで作曲しました。
谷川俊太郎の詩の世界は、まるで様々な言葉の星々漂う宇宙のように、多様性に満ちておりますが、今回選んだ詩は、少年期から青年期にかけて、誰しもおそわれる、憧れ、焦燥、不安、喪失感といった心の世界への回帰を感じさせる、[みち 4]、[海の駅]、[おかあさん]と、リズミックでユーモアに満ちた言葉遊びであり、早口で朗読することが困難な[あいうえおうた]の4つの詩を選んで作曲しました。最初の3曲が比較的遅めのテンプで書かれているのに比べ、最後の[あいうえおうた]は、テンポが速く、高度な歌唱技術を要します。今回の作品は、このコンサートのために書き上げたものですが、若く将来性豊かな、湯川玲子さんと、神田麻衣さんの演奏で、どのような世界が展開されるか、楽しみにしています。
みち 4 まよわずに ひとすじに とりたちはとおいくにへと とんでゆきます そらにも めにみえぬみちがあるのでしょうか そのみちをてらすのは かすかなほしのひかりだけなのに いそがずに おそれずに ちずもなくとりたちは かなたへととおざかる |
海の駅 ぼくはもう飽きたのに ぼくはもう要(い)らなくなったのに ぼくはもう遊ばないのに 玩具(おもちゃ)の機関車がぼくを追いかけてくる もう子供じゃないんだ もう違う夢を見るんだ もうひとりきりになりたいんだ それなのにまだ間ぬけな汽笛を鳴らして 水平線にまで線路は続いているかのように 捨てちまうよ 海の中に投げこむよ! ----どうしてもそれはできない |
おかあさん ぼくみえる ひとしずくのみずのきらめき ぼくきこえる ひとしずくのみずのしたたり ぼくさわれる ひとしずくのみずのつめたさ おかあさん ぼくよべる おかあさーんって おかあさん どこへいってしまったの? ぼくをのこして |
あいうえおうた あいうえおきろ おえういあさだ おおきなあくび あいうえお かきくけこがに こけくきかめに けっとばされた かきくけこ さしすせそっと そせすしさるが せんべいぬすむ さしすせそ たちつてとかげ とてつちたんぼ ちょろりとにげた たちつてと なにぬねのうし のねぬになけば ねばねばよだれ なにぬねの はひふへほたる ほへふひはるか ひかるよやみに はひふへほ まみむめもりの もめむみまむし まいてるどくろ まみむめも やいゆえよるの よえゆいやまめ ゆめみてねむる やいゆえよ らりるれろばが ろれるりらっぱ りきんでふけば らりるれろ わいうえおこぜ おえういわらう いたいぞとげが わいうえお ん |
“淵が放つ光” ~ヴィオラとピアノのための (2019~2021)
【作品について】
この作品のは、2019年に作曲され、同年、安達真理子(Va.)、内門卓也(Pf.)で初演されています。その後少し手直しがおこなわれ、2021年に中村翔太郎(Va.)、内門卓也(Pf.)によって、再演されています。紹介されている動画とト「作品ノートは、再演時のものです。
【作品ノート】 (再演時のもの
人は心に悩みを抱いたとき、こわごわ自分の魂の淵を覗いてみることがあります。そこは暗くてよく見えませんが、絶望や虚無が蠢いているようです。勇気を持ってさらに深く覗き込むと、底の方から一筋の光が放たれ、絶望や虚無を突き抜け、こちらに向かって昇って来るのを感じることがあります。そのイメージを音で表現してみたくなり、書いたのがこの作品です。自分が描こうとしたイメージが、どこまで表現出来たか難しいところですが、私よりずっと若い二人の演奏家、中村翔太郎さん、内門卓也さんが、どのようにそれを受け止め表現してくれるか、期待をもって見守りたいと思います。(2021年10月)
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