コロナ特集3:新型コロナウイルスの一年間
後悔と反省からスタートした私のコロナ第二波
                       作曲:中島 洋一

 この一年間はコロナに悩まされ続けましたが、私がこの問題に対してどのような意識で立ち向かったか、改めて振り返ってみたいと思います。

大外れしたWHOの予測

 中国の武漢で感染が広まった新型コロナウイルスの話題が登場したのは1月中旬頃と記憶しておりますが、1月28日に日本人の初感染が発表され、この頃から新型コロナウイルスのニュースが大きく取り上げられはじめました。
 2020年の1月は、私が実行員長をしていた4月13日開催のFresh Concertに向け、出演者募集の最終段階に差し掛かっておりましたが、1月中旬までは順調に参加者が集まったものの、1月下旬になると急に応募者が途絶えました。それで、その頃からWHO(World Health Organization: 世界保健機関)の情報を気にするようになりました。それで、そのWHOが発表した宣言を振り替えてみます。
 01/31 国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態、脆弱な医療制度の国に感染が拡大する懸念
 
03/03 新型コロナ、WHOがパンデミックを宣言、だがはじめて経験する制御可能なパンデミックと説明(一時の感染拡大を沈静化させた中国を例にあげて)
 実は私はWHOの宣言を鵜呑みにして、Fresh Concertの参加者に、「我が国の医療制度はしっかりしており、我が国で感染拡大が起こる心配は少ないので、安心するように」と伝えました。
 〈脆弱な医療制度の国〉とは経済的にも貧しい発展途上国を指し、欧米や日本などの国々はこの範疇には含まれないと考えたからです。
 ところが、3月に入ると韓国、日本、そして欧米に感染が拡大し、3月20日頃には、人口においては中国の20分の1にも満たないイタリアの死者が中国を上回ったのです。03/24 WHOは「パンデミック」が加速していると警告しましたが、その頃には、感染拡大に歯止めがかからぬほど世界的に広がっていたのです。
 私は今度のことを通して、どんなに権威のある機関や人物のものであっても、発言をそのまま鵜呑みにしてはいけない。まず、どのような根拠に基づきそのような発言したか、それをまず探ってみることが必要、と考えるようになりました。

WHOの予測はなぜ外れたのか

 新型コロナウイルスの感染が広がりはじめた頃、WHOはインフルエンザに比べ感染力が低く、SARS(同系統のコロナウイルス)に比べて致死率が低い、という見解を発表し、人々に安心感を与えましたが、すでにゲノム解析は出来ていたといえ、まだ、この感染症特有の性質を把握出来ていませんでした。この病気の恐ろしさは、感染していても症状が表れず、当人が気がつかないうちに、加害者になり、周囲の人を次々に感染させてしまうこところにあります。
 また、WHOが「脆弱な医療制度の国に感染が拡大する懸念」と推測した背景には、WHOには「医療の恩恵は貧しい国の人々も平等に受けられるようにすべきである」という理念があり、それが見通しを誤った原因の一つのような気がします。 
 近年広がった感染症にはエボラ出血熱、SARS などありますが、それほど先進国に感染は広がってはいないと思います。エイズは、先進国も含め世界的に広がり、深刻な問題を起こしましたが、特に感染の被害が大きかったのは、女性の地位が低く、女性が人身売買されたり、買春の対象になるような貧しい国や、地域だったと思います。
 ところが今回の新型コロナウイルスは、経済力があり、医療体制も整っている筈の欧米先進国の間で急激に感染が拡大しました。なぜでしょうか?視点を変えて見れば、経済力のある豊かな国ほど、観光、仕事を問わず人の動きも活発で、外からの出入りも激しく、その結果、感染が広がりやすいといえましょう。つまり感染症の広がりを予測するためには、医学的視点だけではなく、経済、社会状況などを含めた幅広い視野に立つ必要がありそうです。

過ちを通して学んだこと

 WHOの予測が外れした原因は、新型コロナについての正確なデータがない段階で、理念を先行させて判断たからではないかと考えました。権威ある機関にしろ、個人にしろ、発言を受け売りしてはだめで、自分自身でよく考えること。判断する前に確証性の高いデータを揃えることの必要性と学びました。

案外簡単に手に入るデータ

 
 2021年春の時点における世界sw開発中のワクチン
 NETを検索し簡単にダウンロードできる。

 確証性の高いデータの一部はネットで簡単に手に入りました。ワクチンについて、一部の専門家から「2021年夏の東京オリンピックまでに間に合わせるのは奇跡近い」という声もありましが、右上の表は、昨年8月7日時点で治験(臨床実験)に入ったチーム、開発品、開発段階を示す表です。
 表ではすでに治験に入った16チームが紹介されていましたが、大坂大学までの11チームを表示しました。この時点で150を超えるチームがワクチン開発に挑んでいますが、特に開発の進行が早かったチームが紹介された訳です。その中でもストラゼネカ社、ファイザー社、モデルナ社の製品が、この時点で早くも治験の最終段階(P3)に入っておりました。

 改めて左の項目から表を見てみると1.〈社名・機関名〉これは明白です。2.〈開発品〉この項には開発している製品のタイプが表記され、不活化ワクチンのように従来型のものから、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン、ウイルスベクターワクチン、DNAワクチンなど新しいタイプのものが混在しています。これらの新しいワクチンの開発には、ゲノム編雄など新しい技術が生かされており、より詳しくし知るにはゲノム科学の基礎知識、専門的なサイトへのアクセスが必要になります。
3.〈開発状況〉現時点の進捗状況です。基礎研究→動物実験→治験P1→P2→P3 などワクチンの開発手順については厚生労働省のサイトなどで知ることが出来ます。

P1(Phase 1)は人間を対象とした治験の第一段階を示します。表自体はシンプルですが
、予備知識さえあれば、開発がかなり順調に進展していることが読み取れます。またファイザー社などの治験のデータは、高い効果を期待できるものでした。進行状況から推測して、完成、出荷、接種開始が年内(昨年)に間に合と私は考えました。

厚生労働省の対応

 厚生労働省も当然のことながら、ワクチン開発の進展状況を把握しており、夏から秋にかけて、ファイザー社、アストラゼネカ社、モデルナ社とワクチン供給について、合意または契約が交わしました。下の文書は、ファイザー社との間で交わされた合意文書です。
 三社の供給量と納入期限をまとめると、2021年6月までに、2億8000万回分(1億4000万人分)供給を受けるというもので、それが実現すれば、ギリギリ、オリンピック前に全国民に接種可能です。また、その頃には、被害がひどい欧米でも接種が進み、当然選手団も接種をすませてくるだろから、1年延期された夏期オリンピック、パラリンピックの開催はまず可能と私は判断しました。

 
 厚生労働省が報道関係者に公開した文書
 厚生労働省のサイトよりダウンロード

感染際拡大という不安要素が

  しかし、新型コロナは手強い相手です。冬に入ると欧米も日本もさらなる感染拡大の波に飲まれました。ヨーロッパの第二波、日本での第三波です。昨年7月末時点の死者数は、ヨーロッパ諸国では多い国でも3、4万人、日本では1000人程度だったのですが、本年2月末日時点では、イギリスが12万人、イタリアが9万5千人、フランスで8万人強、米国では50万人、我が国でも8000人に迫る勢いで感染が拡大しています。そして、イギリスでより感染力の高い変異株が見つかり話題になりました。変異の発生は珍しいことではなく、ウイルスは自己増殖が出来ないので、生物の細胞に侵入した後、自己をコピーして増やしますが、その際一定確率でコピーミスが生じ、変異株を生みます。一度の変異ではゲノム(塩基の連なり、コロナウイルスの場合、約3万塩基対数〈塩基数6万〉からなる)の塩基が1個入れ替わる程度ということですが、ウイルスを覆う膜から突き出しているタンパク質の突起(スパイク)が変化することがあり、その変化が感染力の強弱に影響しているようです。変異の機会は、感染が拡大すれば当然増えます。感染力が強まったもの、弱まったものなど色々生まれると思いますが、感染力の強いものの方が存続に有利なので、より広がって行くことが考えられます。
いま日本などで普通に出回っている種も、何代か変異を重ねたもので、最初に武漢で発見された原種に比べ、感染力が約3倍になっているという研究報告もあります。最近イギリスで特に感染が拡大し、死者数が増えたのは、さらに感染力を増した英国変異株の広がりが原因と見ています。
 ワクチンの接種は予想通り昨年末に開始されましたが、急激な感染再拡大を抑えるため、欧米を中心にワクチン争奪戦となり、我が国への供給時期も、昨年政府が立てた計画よりかなり遅れそうで、国民人への大量接種に向けて、供給量の早期確保が、今後最大の課題となりそうです。

ワクチンの感染予防効果の持続性は?

 
上図:産業技術総合研究所提供の原図を基に編集
中図:上図を基に筆者が修正加筆
下図:読売新聞WEBニュースより引用

  右の図版は、新型コロナウイルスが人に感染する仕組みを描いたものです。コロナウイルスはRNA本体がタンパク質の膜で覆われていますが、その膜の外側に突起(スパイク・タンパク質)が突き出しています。それが王冠のように見えるので、コロナウイルスという名称が付けられました。スパイクは鍵のような役割をし、細胞の表面に出ているACE2(特に心臓、腎臓、肺などに多く存在するといわれている)という受容体が鍵穴のような役割をしてスパイクと結びつき、ウイルスが細胞内に侵入し、感染を引き起こします。

コロナウイルスが細胞内に侵入するのを防ぐには
どうしたら良いのでしょうか。


 昨年12月に横浜市立大学の研究グループから感染回復者619名について感染半年後の中和抗体などの保有率の発表があり、それによると右図版の下図のような結果が得られたということでした。中和抗体はACE2と結び、新型コロナの侵入を阻止します。(右図版の中の図)つまり少なくとも半年間は中和抗体が働いていることになります。1年後、2年後についてはデータがないので不明です。時間を経てから追跡検査をすれば、より長い期間の有効性についても判明するでしょう。
 では接種が始まってからまだ二ヶ月程度しか経過していない、ワクチンの効果はどれほど持続するのでしょうか。mRNA型ワクチンを例に上げてみましょう。まず新型コロナのスパイク・タンパク質の形成情報を人工的に作ったmRNAに転写します。ワクチンを接種するとmRNAはヒト細胞と融合し、mRNAはスパイク・タンパク質の形成情報を放出します。ヒト細胞は受けとった情報からスパイク・タンパク質を大量に形成します。役割を終えたmRNAは体内で分解されます。細胞はスパイク・タンパク質を認識すると、中和抗体などの抗体を生成します。抗体は新型コロナの感染による重症化を防いだり、感染を阻止する役割を担います。
つまり、ワクチン接種により生成される抗体と、感染回復者が獲得した抗体の働きは類似しており、そのことからワクチンの場合も半年間は効果を持続することを推測出来ます。

氾濫する誤情報

  新型コロナウイルスが欧米を中心に急速に感染拡大して行った昨年5月頃、「5Gの電波が新型コロナウイルスの感染拡大を加速させている」というまったく科学的根拠のない陰謀論が欧米中心に広まり、人々を惑わせました。
しかし、テレビやラジオ、週刊誌などにもおいても、誤った情報が流されることが少なくありません。ワクチン開発には数年間が必要という通説を根拠に憶測をめぐらしたのか「新型コロナのワクチンは短期間で開発を終え接種が始まった、拙速に過ぎるのではないか」という批判もありました。しかし、成果を上げた開発チームは、いずれもしっかりと各段階をクリアしており、治験の最終段階においてファイザー社などは4万人超という治験者を手配しております。(日本が契約した三社はいずれも日本人の治験者を含んでいる)。従って拙速という評価は当たっていません。
新型コロナの感染は大きな社会問題になったので、各放送局がニュースワイドショーなどで頻繁に取り上げました。そして、参加しているコメンテータなども、さかんに自説を主張しました。そういう人たちには、自分が発言することで視聴者に問題提起をしたい、という使命感あるのかもしれませんが、必ずしも医学、科学に対する知識や理解が十分でなく、しっかりとした根拠を踏まえず本人の思い込みで発言しがちなため、かえって視聴者に誤解や混乱をもたらす結果を招いたことが少なからずあったと思います。

政府の対応に苛立つ


 政府はGo to travelに拘り過ぎたため、緊急事態宣言の発令が遅れ、感染を拡大させた感は免れませんが、私個人は、与党も野党も新型コロナに対しては、それなりに真剣に立ち向かっていると評価しています。
 しかし、政治家の対応にずっと苛立っていました。首相は「ワクチンがコロナ収束の決め手になる」と宣伝しますが、なぜ決め手になるのか根拠を示せず、国民を納得させ不安を取り除くためには、いまひとつ説得力に欠けるからです。ワクチンについて誤った情報が飛び交う中、1月の時点では、かなり多くの国民が接種に対して不安を感じ躊躇しているようでした。しかし、コロナを収束に向かわせるためには、多くの国民が接種に協力してくれる必要があります。
ワクチンの接種は国民の努力目標とされていますが、我が国は民主国家ですから、強制は出来ず、あくまでも本人の意志に委ねなければなりません。
それで、時期が来たら、政治家ではなく、しかるべき専門家を選んで、例えば・・・、
 1)ワクチンはその高い効果に比べて、副反応などのリスクはかなり小さい。また、大きな副反応が起きる危険性のある人は接種対象から外すなど十分な安全対策を施すので、安心して接種を受けて欲しい。
 2)接種はあなたの命を守るだけでなく、あなたの家族、仲間、より多くの民の命を守ることにつながる。
以上 の2点について、科学的、医学的根拠を示しながら、判りやすく丁寧に説明して欲しいと思います。そうすれば、殆どの国民は納得して接種に協力するでしょう。
2月に入ると、NHKや民放でもワクチンの効用について、専門家によって正しい説明がなされるようになり、少し安心しています。政治家の方々は収束に向けて、出来るだけ多くのワクチンを早期に確保出来るよう頑張って欲しいと思います。

これまでの我が国の対応

 過去の事例からして、私は我が国の感染症対策は、かなりしっかりしているだろうと思っておりました。ところが、今回は諸外国に比べ、PCR検査体制が整っていないことが暴露されました。厚生労働省からの通達では、PCR検査が受けられる条件として「37度5分以上の発熱が4日以上続くこと」などが出され、それが2ヶ月間そのままになっていたのです。新型コロナは、感染していても症状が現れない人や、発病してから短期間で重症化する人もいます。したがって、上記の条件は非合理で、なかなか検査が受けられず、入院できないうちに病状が悪化しお亡くなりになった方も少なからずいたと思われます。最近になって検査体制も徐々に整ってきているようですが、どうして、PCR検査体制の整備が遅れてしまったのか、責任を云々る前にしっかり検証し、今回の失敗を将来に向けての教訓とすべきでしょう。
 我が国の対応には、不手際もありましたが、それでも欧米諸国に比べれば、死者数をずっと少なく抑えることが出来ました。その大きな要因は、医療関係者の頑張りと、国民の忍耐強さではないでしょうか。

改めて自分自身を見つめ直す

私の新型コロナに対する探究は、タイトルで示したように後悔と反省からスタートしたことは事実ですが、たとえ私がこの問題について探求しても、感染拡大を抑えることも、感染した人を治癒させることも出来ません。周囲の音楽関係者に自分が探求した結果を報告しても、「素人が解ったようなことを言うな」と煩がられ、拒否されるかもしれません。そんなことを考えていると侘しくなり孤独感に襲われることがあります。
一方、私は医学について造詣が深くはありませんが、新型コロナが問題になる前から、アマチュアの科学愛好者として、ゲノム科学やウイルス学に興味を抱いておりました。新型コロナについて探求して行く中で、そういう素養がいくらか役だったように思います。しかし、科学愛好者の域を出てはいないので、調べれば調べるほど解らないことが出てきます。もし身近に専門の研究者がいれば、どんどん質問を浴びせてみたいという欲求に駆られ、それが出来ない環境にいることにもどかしさを感じます。
後悔と反省がスタートだったとはいえ、「解らないことがあるととことん知りたくなる」という私の子供の頃からの性癖が現れたのかもしれません。いまは、また音楽、文学などの芸術の世界に戻りたいという気持ちが再び強くなっています。
新型コロナの期間は、それぞれの人が、自分自身のやり方で挑戦し、闘った期間ではなかったでしょうか。おそらく欧米や日本などは今年中に収束に向かうでしょうが、世界全体が収束に向かうのは来年以降になると思います。この感染症が完全に消滅することは当分ないかもしれませんが、しばらくすれば怖い病気ではなくなるでしょう。
感染症の某専門家は武漢で急激に感染が拡大した時点で、この病気の感染力の強さに驚き、パンデミックな感染拡大が起こることを確信したそうです。欧米の人々には「中国だからあのようなひどい感染拡大が起こったのだ。多分、我々は大丈夫だろう」という油断があったのではないでしょうか。
新型コロナは辛く厳しい経験と受け止めた人が多いと思いますが、世界の人類に対して大きな試練と教訓を与えたと思います。
最後に、新型コロナで亡くなった多くの方々のご冥福を祈り、この文を終えさせてもらいます。

                      (なかじま よういち 本会理事・相談役 作曲会員)  

                                             季刊 『音楽の世界』2021年春号号掲載

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